山口瑠美20周年記念コンサートレポ “花咲く旅路”は笑顔に包まれて(1/2)


「なぜその歌い手に惹かれるのか?」

そう尋ねられると、あらためて言葉にするのはなかなか難しい。

歌唱力、表現力、トーク力、華やかさ、礼儀正しさ、ファンに対する感謝、心配り…。それらは、プロとして活躍する人であれば、誰もが一定以上のレベルで備えているものである。どんな歌手にもそれぞれ魅力がある。

そんな中でも、さらに一歩踏み込んで私が応援したくなる何人かの歌い手について、共通項があるとすれば、それは…
「何のために、誰のために歌うのか」を常に自問し続け、それを言葉にできる人だ。
自分が歌うことで誰かを笑顔にできることの喜びと、それに伴う責任の重さを知っている人だ。

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2019年7月26日、東京・中央区の日本橋公会堂で、「山口瑠美20周年記念コンサート 居酒屋瑠美 花咲く旅路」が開催された。

山口のコンサートが「居酒屋瑠美」と銘打たれたのは2017年10月に開催されたのが最初で、今回が2回目。日本酒が好きで、日本酒利酒師の資格も持っている山口らしさを出し、会場を彼女が女将を務める居酒屋に見立てているのがコンセプト。観客は皆、一杯飲みにやってきたお客さんというわけだ。といっても会場内に居酒屋的な要素はそれほどなく、赤ちょうちんはかかっていないし、お酒も売っていなければ、お品書きもない。ただ会場ロビー入口には特製の暖簾がかけられており、開演前にはホール内に居酒屋店内の喧騒の音がBGMとして流れている。

 

 <第一部>

午後6時過ぎに開演。緞帳が上がると、ステージ中央にぽつんと置かれたイス。そこに座っているのは、割烹着姿の女将。今回のコンサートは、ちょっとした寸劇、一人芝居から始まった。

20年前、突然この店を訪れ「歌わせてほしい」と言った女の子のことを思い出す女将。あの子は今頃どうしているだろう。ふとラジオをつけると、聞こえてくる男性パーソナリティーの声。「今年のヒット曲、新境地を打ち出した山口瑠美の曲…」。

流れてくる歌声に、思わず立ち上がって感激する女将。
「あの子、まだ歌ってたのね…! よかった… よかった…。 今夜はお祝いだ!」

舞台が暗転し、チリーン…と涼やかな風鈴の音が聞こえ、山口瑠美自身の優しげなナレーションで、コンサートタイトルコール。

「どこに咲いても、花は花。山口瑠美20周年記念コンサート 花咲く旅路」。

バンド演奏が力強くスタート。1曲目は「恋ひととせ」。今年2月に発売された、20周年記念曲である。「どこに咲いても、花は花」というのはこの曲に出てくるフレーズ。

「瑠美ちゃーん!」と声援が飛ぶ中、挨拶。

「本日は、山口瑠美20周年記念コンサートにこうして足をお運びいただきまして、心よりお礼を申し上げます。ありがとうございます(拍手)。1999年7月23日、非常に静かな船出をさせていただいてから20年、こうして歩かせていただけるなんて、夢のようだなと思います。今日まで途切れそうだった私の道に橋を架け続けてくださった多くの方々のおかげで、こんなに立派なコンサートを開催させていただけることとなりました。心を込めて皆さまに『花咲く旅路』をお届けいたします。最後までお付き合いください。よろしくお願いいたします!(拍手)」

バンドメンバーを紹介。シンセサイザー・佐藤和豊、ピアノ・古田りんず、ドラム・工藤恭彦、ベース・石川隆一、ギター・齋藤隆広。ギターの齋藤氏は何曲か山口の作品の作曲を手掛けている他、これまでライブやディナーショーなどで何度もステージで演奏しており、ファンにはおなじみ。「さいとうさーーん!」と声援が飛ぶ。

これまで発売した15枚のシングルの中から、「想い出酒場」(2017年)、「呼子舟唄」(2015年)、「北しぐれ」(2013年)と3曲続けて歌唱。

司会・東玉助師匠が登場。ちなみに玉助氏はこれまで何度か山口のコンサートで司会を務めている。リラックスさせるように山口とトーク。「お客様あってこその歌い手だと、師匠の市川昭介先生に15の時に言われまして、今ひしひしと、その言葉の重みを感じています」と山口。

ここで、お祝いゲストが登場。元プロ野球選手でタレントのパンチ佐藤さんである。
「皆さんはじめましてパンチ佐藤です! 3分だけ、失礼します!」

「瑠美ちゃん、20周年おめでとうございます。ファンの皆さんに感謝の気持ちを忘れず、これからも頑張ってください。おめでとう!」

山口と佐藤さんは、今年1月からエフエムたちかわ「瑠美とパンチのほろ酔い酒場」という番組を二人で担当している。大きな花束を渡すパンチ佐藤氏。終始テンション高くしゃべり、サッと退場していった。爽やかである。

再び歌に戻る。故郷と父親のことを語る山口。
故郷は、山口県岩国市。15歳で作曲家・市川昭介氏に弟子入りして門下生に。上京する際、父から「成功するまで絶対に田舎に戻っちゃいけんよ」と言われ、その言葉を守り続けて、“年に一度の仕事”の時以外は、岩国に帰らなかったという。そんな父は2013年、突然一人で遠くに旅立ってしまった。その翌年に発表した、岩国市の名勝を題材にした「雨の錦帯橋」を歌う。

錦帯橋(きんたいきょう)は岩国の象徴ともいうべき、美しい三連の木造橋だ。私も現地を訪ねたことがある。川辺に降りて見上げると、ダイナミックかつ細部まで作り込まれた造形美が晴れた空に映え、見飽きることなく、小一時間ほどずっと眺めていたものだ。

山口の言う「故郷での年に一度の仕事」というのが、何を指すのかは分からない。歌手活動する娘をサポートするため、母が共に上京。父はずっと岩国で一人暮らしをしていたのであろう。「帰らない」という約束を守り続けたからこそ最期を看取ることができなかったわけだが、娘として今も後悔の念があるという。
今回のコンサートでは歌われなかったが、山口はよく父に連れられて行った公園にある寺の梅の木を題材にした「臥龍梅」(がりょうばい)という歌を、自ら作詞して2015年に発表している。幹が地を這い、それでも天に向かって伸びる龍の如き梅の木の姿は、彼女の心根そのものなのであろう。

カモメの声、ポンポンと音を立てながら行く漁船の音をバックに、山口が朗読。“故郷での年に一度の仕事”を終えて東京に戻る際、見送ってくれた人々の姿は今も鮮明に記憶している…という内容。歌われたのは「みかんの木陰」。シングル「紅殻情話」(2018年)のカップリングに収録。瀬戸内の町が舞台で、みかんの香りをモチーフに、見送ってくれる母への感謝を綴った、心温まる歌である。

風鈴の音、ひぐらしが鳴く声が流れ、再び朗読。あなたを初めて会った日から、私は夕顔の花に自分を重ねていた。幸せだったけれど、出会ったのと同じこの坂道で、最後のお別れをするなんて…。今度は「夕顔の坂」(2016年)。男女の別れの場面を女性目線で歌った、悲しげな曲。夕顔は、夕方から咲き始め、翌朝にはしぼんでしまう、はかなく白い花である。

曲が終了してから、あらためてバンドのみの演奏バージョンで「夕顔の坂」が始まる。どうやらお着替えタイムのようだ。

次の曲のイントロが始まると、舞台下手から、かわいらしいドレス姿の山口瑠美が登場。客席から思わず歓声が上がる。

深いブルーにリボンをたくさんあしらった上半身に、大きく膨らんだスカート部分(パニエ)が水色のドレス。ステージ中央まで進むと、スカートに体ごと沈み込むような、お姫様式の挨拶(笑)。ドレスで歌う曲としてちょっと意外であったが、島倉千代子の「鳳仙花」。歌い終わると、客席から「かわいい!」「お姫様!」という歓声があちこちから飛ぶ。

「気持ちがいい(笑)。ありがとうございます。こうしてコンサートでドレスを着るという機会が滅多にございませんので、結構な勇気を出して着させていただいております。きっと、かわいいって言っていただけるだろうなと思って(笑、拍手)。予想通りの反応をいただきまして、本当にありがとうございます。温かいお客様で、ありがたいことです」

次の曲が、第一部の最後になるとのこと。20周年記念曲「恋ひととせ」には、カップリングが2曲収録されている。いずれも山口自身が作詞、ステージで演奏している、ギタリストの齋藤隆広氏が作曲。そのうちの1曲をここで披露。

「15からずっと私のそばにいてくれた、母を歌った曲です。皆さんは、それぞれの大切な方を思い浮かべていただけましたら幸せですが、今日は20周年。私のわがままかとは思いますが、母へ金メダルをかける気持ちで、歌わせていただきます。「この道」

・山口瑠美「この道」の歌詞

まだ何も知らない小さな娘が、母に手を引かれて歩いた道。やがて成長し、母の苦労や強さを理解できる年齢になった娘が、今度は母の手を引いて同じ道を歩く…。優しげな曲調に乗せて歌われる、そんな光景が愛おしい。

歌手は独りよがりにならないよう、私的な思い入れを排除し、あくまで普遍的なものとして歌を届けなければならない。でも今日は20周年コンサート。客席にいるのは、彼女と母が二人三脚で頑張ってきたことをよく知るファンの人たちばかり。そして、会場のどこかでスタッフの一人として母本人もステージを見守っているに違いなかった。だからこそ、あえて「母へ金メダルをかける気持ちで」と私的な思いを込めると宣言したことで、歌詞の一つ一つがより明確なメッセージ性を持って伝わり、感動的な空気が会場を満たした。

私は、アーティストが自分の親や家族を題材に歌詞を作るのは、ものすごくエネルギーを使うことだと思っている。特に親に対して抱く感情は決して肯定的なものだけとは限らない。でも詞を書く時は、それらを全て整理し、昇華させ、普遍的な歌にしなければならない。作詞家でもない人が自分の中で言葉を絞り出すまでにかかった歳月、ましてや親本人の前でそれを披露するという照れや勇気を想像すると、なかなかできることではない。娘からの感謝の気持ちを、記念コンサートの舞台で受け取った山口のお母さんは、この会場にいる誰よりも幸せだったろう。こういう形でできる親孝行もあるのだ。

もっとドレスで歌うのが見たかった…というのが正直なところではあるが(笑)、「この道」の感動の余韻を残しつつ、いったん緞帳が下り、ここで15分間の休憩に。再び会場内に、居酒屋の喧騒の音が流れる。

→第二部レポート
・山口瑠美20周年記念コンサートレポ “花咲く旅路”は笑顔に包まれて(2/2)

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